物語はある夫婦の主人の話が主題となっています。その男は由雄といい年齢は30歳です。一応、働いてはいるのですが、夫婦揃ってお金にだらしがないので、結婚してからも親から仕送りをしてもらっています。 2015年の現在でも十分に通じる設定です。漱石さん、流石です!そういった環境のせいもあるせいか、由雄は常に心にちょっとした不満を抱えています。夫婦関係、友人関係、家族関係など不満は様々です。由雄は人を小馬鹿にしがちな性格です。でも、そういった生活も長くは続きません。生活態度を見かねた周りの人が、由雄に説教を始めます。そして、問題の原因は由雄が昔、付き合っていた清子への未練にあるのではと問い詰めます。事実、由雄は夢に清子が出てくるほど、未練がありました。彼女はなぜ、俺の元にいないんだ。なぜ、彼女は他の家に嫁ぎ、俺は別の女と結婚したんだ。未練たらたらです。それを解決するには、由雄が清子に会って解決するしかありません。ということで周りの勧めもあって、由雄は清子に会いに行きます。
由雄は会いに行く道中もこんなことを考えています。
別れた理由なんか知らないまま、清子さんを思い続けているのが幸せかもしれない。あの頃のまま。美しい夢のまま。清子さんに背を向けられてから、途切れてしまった俺の夢。夢の終わりを見るために、夢の続きをたどる必要があるのか。こんな感じで、いかにフワフワしているかがわかります。繰り返しますが、これが100年前の文学なんです。男が未練がましいのは、今も昔も変わりません。 この小説を読んで私は、明治の人に親近感が湧きましたし、恋愛はいつの時代も変わらないもんだなと思いました。男女がいて、別れがあって、男は元彼女を想い続け、今の彼女は元彼女に嫉妬する。私も周りでそういった話を聞いたとがあります。100年たっても色褪せることのない人間ドラマを、是非、楽しんでもらえればと思います。
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