【書評】マーケット感覚を身につけよう(3)

マーケット感覚と就職・転職活動

今回はマーケット感覚と就職活動についての概要をお話しします。ニュースでたまに見かけるポスドク問題をご存知でしょうか?これは大学と大学院で長年、勉強して博士号を取得したにも関わらず、その高学歴の人達が正規の職員になれずに安い給料で働かざるを得ない問題を指しています。また、弁護士の就職難という話を聞いたことがありますか?これは司法試験という難関な試験に合格した弁護士が、職探しに苦労している問題を指しています。

どうして、このような出来事がおこるのでしょうか?答えは簡単です。その職に対する仕事の需給が崩れたためです。昨今の少子化で子供が減っている中で、新しい教員が必要でしょうか?そんなはずはありません。子供が減り続けるので、必要とされる教員も減っていきます。弁護士の場合は、数年前に法科大学院が多く作られて、そして多くの弁護士が社会に供給されましたが、仕事自体は特に増えていません。それについて、ちきりんさんはこう述べています。
博士、弁護士、医師のように、国や業界団体が政策的に供給数を決める職業の場合、それを決める人に市場を読む能力(マーケット感覚)が欠けていると、一気に需給バランスが崩れます。
職業別に仕事の需給をまとめるとこうなります。

Webエンジニア 

  • 需要はマーケットで決まる。増加
  • 供給もマーケットで決まる。
弁護士

  • 需要はマーケットで決まる。→横ばい
  • 供給は政府が決める。
博士

  • 需要はマーケットで決まる。↓減少
  • 供給は政府が決める。
医者

  • 需要はマーケットで決まる。
  • 供給は政府が決める。
薬剤師

  • 需要は政府が決める。
  • 供給は政府が決める。
公務員

  • 需要は政府が決める。
  • 供給は政府が決める。


みなさんだったら、どれを選びますか?
Webエンジニアは仕事の需要は増えていきますが、ライバルも増えていきます。

弁護士は、仕事の需要は横ばいなのに、ライバルだけが増えていくので過当競争になりそうです。

博士は、仕事の需要は減っていく一方で、供給は増えていくので非常に辛い仕事と言えます。将来的に供給は横ばいもしくは、減っていくとは思いますが。

医者は、仕事の需要は増えますが、ライバルは特に増えないので有望そうな仕事です。でもその分、参入障壁が高いので、医者になるのは簡単ではありません。

薬剤師に関しては判断が難しいところです。需要は伸びていますが、それはマーケットによる判断ではなく、政府の規制によるものです。医者の言うとおりに処方箋を出すだけの薬剤師が本当に必要であるのかどうかは、誰もが疑問に思うところです。将来的にその規制が撤廃されると、博士と同様に供給だけがいたずらに増えていくことになり、「薬剤師の就職難」というニュースを目にする日が来るのかもしれません。

公務員は人口減社会での需要は少なくなり、そして採用は絞られています。採用は絞られているので最初の狭い門をくぐれば、その後は楽ができるかもしれません。ただ人口減社会が急速に進むと、公務員が解雇されるという日が来る可能性もあります。これは財政破綻した夕張市の現状です。
仕事量は変わらないものの、職員数はほぼ半減の120人近くにまで減らされ、給与も当初は年約4割削減された。「懲戒処分を受けたようなもの。私の場合の年収は、およそ200万円近く減って300万円になった」
どれを選択するかは、その人次第です。私の場合は需要がマーケットで決まり、その需要が伸びる業界で働きたいのですが、需要が政府に守られている場所で働きたい人もいると思います。その場合は、その需要がいつまで政府に守られ続けるかは定かではありませんが。そういったことを考えていくのも「マーケット感覚」です。そういった視点を養うためにも、是非、読んでみて下さい。

【書評】マーケット感覚を身につけよう(2)

相対取引から市場取引へ

次にちきりんさんは、マーケット感覚の土台となる市場について説明しています。
「社会の市場化」-この言葉は、過去10年間に起こった日本社会の変化と、次の10年間に起こるであろう変化の両方を、最も的確に捉えることのできる話です
ちきりんさんは、この件について就職活動を例に出して説明します。1960年代の就職活動では、同じ村の出身、高校の卒業生などのコネクションを元に就職活動をすることもありました。今でいえばコネ採用のようなもので、これを相対取引とよんでいます。

それに対して、市場取引は全く違います。
市場取引では、学生がリクルートやマイナビなどの企業がインターネットを利用した応募システムを使用して就職活動をします。このシステムを使えば、先生の推薦や親戚のツテがなくても、誰でもどこの企業でも応募できます。つまり、全学生が全企業を相手に就職活動を行うということが可能になりました。

そしてこう述べています。
地方に生まれた人や、有力な先輩や親戚のいない家庭に生まれた人の得られるチャンスは、飛躍的に大きくなったのです。市場は弱者に厳しいとよくいわれますが、むしろ反対に、持たざる者に大きな可能性を与えるのが、市場の特徴なのです。
これについて、私はなるほどなと思う一方で、少し疑問を感じました。というのも「弱者」と「持たざる者」が必ずしもイコールではないからです。「むしろ反対に」と述べているけれど、反対になっていません。これをもう少し整理してみるために、4種類の人間について考えてみます。
  1. コネがあって能力が高い人
  2. コネがあって能力が低い人
  3. コネがなくて能力が高い人
  4. コネがなくて能力が低い人
相対取引では赤字で書かれている人が得をしていて、青字で書かれている人が損をしていました。ところが市場取引では以下のようになります。
  1. コネがあって能力が高い人
  2. コネがあって能力が低い人
  3. コネがなくて能力が高い人
  4. コネがなくて能力が低い人
市場は人を判断する指標を「コネ」から「能力」に変えました。

婚活市場も同様です。「日本中から自分に合った相手を選ぶ」という市場の仕組みに伴って、「よほど嫌な相手以外ならOK」ではなくて「満足できる人を見つけて結婚したい」と考える人が増えました。結果として就職市場同様、一部の人に人気が集中し、マッチングからあぶれる人が出てきてしまったのです。
それについて、ちきりんさんはこう述べています。
就職市場において「就職したいのにできない」人が増えたように、婚姻市場においても「結婚したいのにできない」人が増えているのも、また事実です。
私はこれを読んで市場化というのは、本当にいいことなのかなと疑問に感じます。上記の図だけを見ると、コネ主義ではなくて能力主義になったのだから、いい世の中になったと思う人が多いかもしれません。しかし、実際のところはどうでしょうか?

相対取引の頃は1、2、3番の人が職を持てたし、結婚できていたと思います。ところが市場取引になってからは、1、3番の人のみが職を持てて、結婚できるようになりました。結果として全体のマッチング数は下がっている可能性があります。それが昨今のワーキングプア、ニート問題であり、貧困化するシングル女性問題でしょう。 「結婚なんてせずにもっと働きたい」という女性が働き続けられるようになった反面で、昔だったら結婚していたはずの女性が結婚できなくなってしまったということです。

また、話はそれだけではなく、こうも述べています。
社会の市場化が進むと、これまでとは異なる「ゲームのルール」が適用されるようになります。
そのルールとは、ローカルマーケットの統合とマーケットのグローバル化です。昔なら、「〜町で人気」という基準でしたが、今では「楽天市場で人気」という基準になっています。つまり、ネットを通じて対象となる客が拡大した一方で、ライバルも増えたということです。言語の問題さえ解決されれば、婚活市場もそのようになります。英語が公用語であるフィリピン人女性がネットを通じて外国人男性と結婚するという話は、婚活が市場化されているいい例だと思います。フィリピン人女性にとって、選択できる男性が増えたことは非常に喜ばしいことかもしれませんが、フィリピン人男性にとっては辛い事実だと思います。

こうして考えると社会の市場化が何をもたらしているか明らかです。次回以降に、別の章を読みながら、マーケット感覚を通して見える世界を紹介していきたいと思います。

【書評】マーケット感覚を身につけよう(1)

マーケット感覚とは?

この本を買う前に「マーケット感覚」とは何なのかを知っていると、よりよいかもしれません。マーケット感覚とは、金塊を価値あるものだと認識できる力に似ているとちきりんさんは説明しています。子供は金塊を価値あるものだと認識できません。しかし、大人になるにつれて、次第に金塊を価値あるものだと認識できるようになります。

それと同様に、世の中には価値があるのに、価値を見出されていない物がいくらでもあります。その価値を見出す力を「マーケット感覚」とちきりんさんは命名しました。

この本の目的

マーケット感覚とは何かを説明し、なぜそれが大事なのか理解していただき、マーケット感覚をみにつけるための具体的な方法を提示すること
実例を出しながら丁寧に説明しているので、非常にわかりやすく理解できると思います。

市場価値について 

たとえ物々交換であっても、不特定多数の買い手と売り手がマッチングされ、なんらかの価値を交換するなら、それらの場所は、すべて市場と呼ぶことができます。この定義に沿って考えれば、就職活動も学校選びも、すべて市場です。
まず、ちきりんさんは「市場」を再定義しています。(参考までに、wikiだと「定期的に人が集まり商いを行う場所」と定義されています。)そして、その新しい定義に沿えば、お金が動く場合だけに限らず合コンも市場と言えます。つまり、幅広い意味合いを持つことがわかります。そしてこの市場で取引されている価値は、実際に我々が認識している価値と違う場合があることを、車を例に出して説明しています。
高度成長期、自動車を買う人が手に入れようとしたのは、「豊かに見えるという価値」であり、「女の子をデートに誘いやすくなるという価値」だったのです。
通常であれば、自動車の価値は移動手段・運搬だと考えますが、マーケット感覚から考えると、上記の価値も含まれます。そうなると、同じ価値を持つものも車だけでは無くなり、それについてこう説明しています。
たとえば現在では、どこに美味しいスイーツを出す穴場のお店があるのかという情報のほうが、「女の子を誘いやすくなる」という価値が高かったりします。
このように例をあげながら、市場を見たときにそこで取引されている価値を理解できる能力=マーケット感覚の大切さを説いています。この話は、実際に飲み会でしたら「ゲスい奴だな〜」なんて突っ込まれそうな気もしますね。

この件を見て、私はオンライン英会話をマーケット感覚で分析してみました。オンライン英会話で提供している価値は、基本的には英語のレッスンなので、ライバルはリアルの英会話学校になります。でもマーケット感覚から考えてみると、「話し相手としての価値」も提供しているので、キャバクラやガールズバーもライバルになります。また「婚活相手としての価値」も提供しているので、結婚相談所もライバルと考えられます。ホントにと疑う人もいると思いますが、日本人生徒とフィリピン人先生の間での結婚は、決して珍しいことではありません。
まとめるとこうなります。
オンライン英会話のライバル
  • ベルリッツなどのリアルな英会話
  • キャバクラ、ガールズバー
  • 楽天オーネットなどの結婚相談所
マーケット感覚は、自由な発送で面白いですね。みなさんも本書を読んで、マーケット感覚による自由な発想に、是非、挑戦してみてください。

【書評】運を支配する(3)

準備不足を運のせいにしない

桜井会長
「準備、実行、後始末」でワンセットであり、その循環をちゃんとすれば、次の「準備、実行、後始末」に綺麗につながっていく。
 準備が万端であっても、実行の悪い要素が潜んでいることはいくらでもある。だが、準備というのはそんなことも想定した上でなされるべきなのだ。準備をあれほどちゃんとしたのにといって運のせいにしてしまえば、その人の成長はそこで止まってしまうのである。
藤田社長
想像することを軽く考えていないか
以前、深夜にタクシーを呼んでずっと待たせていた社員を滅多に怒らない僕が強い口調で叱ったことがありました。
またレストランに団体の予約を入れていて、前日になって平気でキャンセルした社員も同様に叱ったことがあります。
タクシーやレストランの人とはもう二度と会わないと思っているかもしれませんが、そういう姿勢は必ず他のところでも表れます。そして自分でも気づかないうちに他人の恨みを買って、運気を下げていくのです。
この件は、この本で私が一番すきなところです。準備の大切さは言うまでもないことです。零戦の撃墜王で有名な坂井三郎氏も準備の大切さを説いており、パイロットに大切な能力は視力であると考えて、視力が上がるように遠くを見る練習を重ねて、ついには昼でも星を見られるようになったと言っています。

また、昨今はITエンジニアが非常に需要の高い職業になっていますが、できるエンジニアは土日に勉強している人がほとんどです。それにも関わらず仕事では上手くいかないことも、ままあるわけで、改めて「どういった準備をしておくべきなのか」ということを考えさせられます。

人や立場によって態度を変える人がいますが、私はそういった人を見るたびに馬鹿だなと思います。因果応報という言葉があるように、いつかその人自身に返っていくものです。そういったことを大会社の社長である藤田さんが発言してくれるとは、世の中はまだまだ捨てたものじゃないと思います。



負けない一番手の条件

桜井会長
一番でいることに囚われすぎず、相手のことも考えながら全体をいいほうへ引っ張っていける一番手こそ、真に優れた勝者なのである。
藤田社長
一人勝ちは損をする
当初先方は真似されたとカンカンに怒っていましたが、結果的には競い合いながら市場はどんどん大きくなり二社とも売り上げを伸ばすことができたのです。
目先の利益に惑わされて、仕事の成果を独り占めしようとする人がいます。ところが、こういう人は次第に周りから嫌われて、誰も協力してくれなくなります。短期的には「得をした」「儲かった」とその人は思っているかもしれませんが、長い目で見ると、信頼を失い、非常に損をすることになるのです。
なかなか自分自身が一番になった経験がないので、難しい話だとは思いましたが、仕事においても、他人あっての自分というのは常に心掛けていきたいと思います。

不調こそ、我が実力

桜井会長
調子がいいとすぐ浮かれて「これが元々の自分の実力なんだ」と思い上がるのに、逆に調子が悪いと「いや、これは本来の自分の出来ではない」と素直にその事実に向き合わない。
私は「不調こそ、我が実力」と思うようにしている。そう思っておけば、実際調子が悪いときでも余裕が生まれる。
藤田社長
つまり普段自分で感じているよりは少し下あたりに自分の基準を置くのが、ちょうど座りがいいように僕には思えるのです。
調子とはいつもブレているものだと思いますが、常に二人の言葉を意識して謙虚に生きていきたいと思います。

【書評】運を支配する(2)

雑用を軽んじると運から見放される

桜井会長
だが、雑用だからといって「雑」に扱っていいものではない。なぜなら雑用とは仕事の「基礎」であり、「現場」のことを指すからだ。だから仕事から雑用を引いてしまえば、仕事は成り立たなくなってしまう。運からも見放されることは間違いない
藤田社長
雑用でも全力でやっている人がいると、それを見て人は「他のこともやらせてみようかな?」「そんな細かいことまでやってくれるんだ。頼もしいな」というふうに考えるのです。
会社の仕事には、特別に高いスキルが必要なわけではなく、誰がやってもいいけど、誰もやりたがらないような雑用的な仕事もあります。そういう仕事を積極的に拾って、みんなが気持ちよく仕事をできるような環境を作れる人というのは、価値があると思います。また、そういう仕事を評価してくれないような上司の元では働きたくありません。雑用とは本当に大事ですね。


ポジティブ思考は成長を妨げる

桜井会長
ポジティブ思考をいつも心掛ける人は、実は人としてあまり成長しない。辛い時や悲しいときに、ポジティブ思考で無理に明るく振る舞おうとすることは、嫌な現実から目を背けた逃避行動になるからだ。心の成長というものは、自分の弱かったりダメだったりする部分をしっかり見つめることでなされる。
藤田社長
問題が起きたときに、ポジティブ思考で楽観的に構えている人はとても気になります。「大丈夫ですから」「なんとかなりますよ」というのは逃げの裏返しでもあって、問題の深刻さと真剣に向き合ってないかと僕には思えるからです。
すごい人がいいけれど、出世はしないし年収も低いままという人を何人か知っています。ハングリー精神が足りないという言葉だけでは、うまく説明できないなと思っていたのですが、桜井会長の言葉を聞いて納得できました。ネガティブすぎても駄目で、ポジティブすぎても駄目。難しいものです。


ネガティブな連想は意識的に切る

仕事のやりとりで返事がないのは困るが、プライベートであれば返事がこないことに対しては「返事がない」という事実だけを受け止めて、そこからいろいろな想像をすることを「止める」ことが大事だ。ひとたび連想が始まると、返事がこないということに心が囚われて止まってしまう。
昔は、私もネガティブな連想に囚われがちだったのですが、最近は気にしなくなりました。女性をメールで飲みに誘ったけど、返事が返ってこない。まぁ、そんなこともあるか〜と諦めていたら3週間後ぐらいに、飲みにいきましょうって返事が返ってきて逆にビックリ。もしネガティブに囚われていて、催促のメールとかをしていたら、きっと永久に返信は来なかったと思います。


「終わり」を「始まり」にすると、ツキが持続する

桜井会長
何かが終わったら、チャラだと考えるのである。終わってしまえば、それまでのプラスもマイナスもすべてゼロに戻るという感覚なのだ。
藤田社長
知り合いで昔ゲームを大ヒットさせた人がいるのですが、その人は会うたびにヒットしたゲームの話をします。ヒットさせたのはかなり前のことで、それ以降はあまりヒットを出せていません。本人の気持ちとしては、そこしか自分の拠り所がないのかもしれません。しかし、昔話を聞かされるたびに「この人はものすごく停滞しているな、大丈夫かな」という感想を抱いてしまいます。
桜井会長が「土に還れ」とよく言っているのは、このことだと思います。それだけだと抽象的でわかりづらいのですが、藤田社長はわかりやすく説明しています。私の友達にも昔話しか、盛り上がれる話をできない人が年々と増えてきています。きっと、人生が停滞しているのでしょう。終わりを始まりにすることは、年をとるにつれて難しいものです。

楽を求めると楽にならない 

桜井会長
私が接する若い世代なんかを見ていると、「楽をしたい」という思いを持った人が昔よりも増えているなと感じる。
しかし、楽ばかりを求めていると、人は成長しない。厳しい状況を耐え忍んだり、それを乗り越えていく力は育まれない。 
藤田社長
もしハワイへ行って毎日ブラブラと楽な生き方をしてしまったら、自分があまり成長しなくなり、社会的な使命感も持てず、生きがいを感じることもないだろうなと思います。最終的には退屈して苦しい思いをするという、ネガティブのスパイラルに入っていきそうな気がするのです。
楽な道を選ぶと、いつまでたっても楽に生きることができないというのは、逆説的で非常に面白い話です。私自身、楽したいなと常に思っているのですが、その結果としてITの勉強や英語の勉強をする羽目になり、いつも内心で苦笑しています。