2015/10月の生活費の内訳

  • 家賃; 16900ペソ
  • 食費; 17100ペソ
  • スポーツジム ( 5ヶ月分); 5000ペソ
  • エンタメ; 7000ペソ(中国に出張したついでに観光した)
  • 通信費; 1000ペソ
  • 交際費; 2100ペソ
  • 冬服; 10000ペソ(中国に出張するために購入)
主要な品目はこれぐらいで、その他の細かい値も入れると一ヶ月の生活費の合計は以下の通りでした。
58800ペソ
なお、別途、電子書籍を購入していますが、その代金はこちらに含まれていません。

ボラカイで感じた日本人の働き方と資生堂ショック

個人的な話ですが、2015/11月の初旬にボラカイに行ってきました。そこでの生活は非常に楽しかったのですが、少し残念なことがありました。それはこの時期のボラカイには、日本人がほとんどいないということです。欧米人、中国語、韓国人、フィリピン人は多くいました。もし、中国人だけが多いならば、それは人口比率の問題だと言えます。しかし韓国人も一定数いたので、人口比率の問題ではないと言えます。なぜならば、韓国の人口は日本の2分の1以下だからです。その違いはどこから来るのでしょうか?
私はそれは働き方の違いのせいだと考えました。日本人は、基本的には決められた時間に働き、決められた時に休暇を取ります。そのため、GWや正月の渋滞、乗車率200%は日本の風物詩のようになっています。これが嫌で旅行に行きたくないという人も少なからず、いるのはないでしょうか?反対にそれ以外の時期に休暇を取る人はほとんどいません。そのため、この時期のボラカイには日本人は、ほとんどいないのでしょう。そして、私にはある疑問が浮かびます。日本人は、このままの働き方を続けていていいのでしょうか。

そんな折に、資生堂ショックと呼ばれるニュースが流れました。それは育児中の女性にもノルマを課すというものです。私はこれは、当然、行われるべきだと思います。むしろ、今まで無かったことが不思議なくらいです。自由な働き方をしてもいいけど、最低限の義務を果たして下さいという話です。これは当たり前のことではないでしょうか?
こういう話をしていると、育児中に派遣社員を雇えばいいと言う人もいますが、その場合には社員が育児から戻ってきたら派遣社員は契約終了になります。これはつまり、育児の負担を外部にアウトソーシングすることで、資生堂の社員同士のケンカを無くしているだけです。派遣社員のその後の人生を考えると、全く解決にはなっていません。
それでは、この問題を根本的に解決するためにはどうしたらいいのでしょうか。 私は、さらにこの制度を独身の女性も含めて全員に適応させるべきだと思います。ノルマがあるけど、それを達成したら、あとは休んでもいいし、13時に出勤してもいいというものです。ノルマを達成していたら、11月にボラカイに行くという選択肢もあります。成果がわかりやすい仕事の場合はこれで十分です。その世界には育児をしているお母さんも独身も関係ありません。みんなで仕事を頑張って成果を出して、達成さえすれば後は自由という現実だけがそこにあります。育児は誰がやるのかと言えば、ノルマを達成したお母さん、旦那、両親、ベビーシッターなどいくらでも方法があります。 ハッキリした成果と自由な働き方ができれば、人生は大幅に変わります。資生堂ショックを前向きに捉えていきたいですね。

2015/9月の生活費の内訳


  • 家賃; 16900ペソ
  • 食費; 16100ペソ
  • バイク(ホンダ wave); 58500ペソ
  • 原付での二泊三日のセブ島旅行; 4200ペソ
  • 通信費; 1000ペソ
  • 交際費; 2000ペソ
主要な品目はこれぐらいで、その他の細かい値も入れると一ヶ月の生活費の合計は以下の通りでした。
99861ペソ
なお、別途、電子書籍を購入していますが、その代金はこちらに含まれていません。

1932/1/8 発行 日本の軍隊は、溥儀による独立国が設立されると言っています。

Japanese Military Official Says Independent Regime Will Be Set Up Under Pu Yi.

New York Timesの特別な外電
ロンドン 1月7日
ヘンリー溥儀、 清王朝の前皇帝は、まもなく満州国の王として戴冠するとDaily Heraldが東京から伝えています。この予想は奉天のボスである板垣大佐が発信したと言われています。彼は今夜、東京に戻っていました。
奉天での独立国の設立は、前進していると板垣大佐は言っています。
日本はどんな妨害も許さないだろう。Heraldの特派員は、前の軍の大臣であるミナミのコメントについて、こう報告しています「もし、他国の軍隊が日本の意図について質問してきたら、日本は丁寧に回答を拒まないといけない」

Special Cable to THE NEW YORK TIMES.
 LONDON, Jan. 7.-Henry Pu Yi, former Manchu Emperor will shortly be crowned King of Manchuria, according to a dispatch to The Daily Herald from Tokyo tonight. This prediction, it was said, was made by Colonel Itagaki of the Japanese military headquarters in Mukuden, who returned to Tokyo by airplane today.
 The establishment of an independent government at Mukuden, according to Colonel Itagaki, is making headway.

 Japan would brook no interference, The Herald's correspondent reported. "If the powers inquire about Japan's intentions, Japan must politely refuse to answer," was the quoted comment of former War Minister Minami

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満州国の設立前に、普通にこんなニュースが流れていたことに驚きました。「数ヶ月後に国を作りますよ、他国はあまり干渉しないでね。」と言っているわけです。こうして、他国の動向を図っているわけですよね?勢いで、突然、満州国を作りあげたと思っていたのですが、実は用意周到な部分もあったのだなということを知りました。


想像力を働かせて、歴史を見てみよう。

セブ島で原付を買いました。

セブ島に数年単位で住むなら、原付が欲しいなと思いHonda Waveを買うことにしました。カブの後継機みたいなやつみたいです。セブ島で遠出した時に故障したら嫌なので、新車を買うことにしました。価格は57000ペソです。バイクを買う要件としては、パスポートだけで十分みたいですけど、電話で問い合わせると労働許可証やIDなどが必要と言われることもあります。なにせ、ここはフィリピンなので全てが曖昧です。お店に、直接、行って確認する方が確実です。
ちなみに、ナンバープレートの正式な登録が完了するまでは、三ヶ月ぐらいかかるそうです。それが完了するまでに遠出するためには、conduction permitなるものが必要みたいです。そして、これは700ペソもかかるのですが、あくまで一週間だけしか使えないそうです。そして、それは正式な登録をするまで、複数回、買う必要がある可能性もあります。二回目以降は300ペソらしい。私の場合は、よくわからず進められたままに購入しましたが、遠出を急がない人は特に買う必要がないと思います。個人的にはフィリピン政府のお小遣い稼ぎにしか思えません。しばらくの間は、ダンボールのナンバープレートで我慢です(笑)
追記;旅行中にcheck pointに遭遇しましたが、conduction permitを提出しろとは言われませんでした。ただ、免許証を見せてくれとは言われました。




セブ島で闘鶏を見てきました。

セブ島で闘鶏を見てきました。
場所はこの辺り。
「mandaue cockfight stadium」とかでggrと情報が出てきます。

入場料は20pesoぐらい。見るだけでもいいし、単純にどちらの軍鶏が勝つか賭けるのもよし。おそらく、倍率は2倍ぐらいだと思われる。勝てばお金が2倍になるし、負ければ無くなる。ただ私の場合は200ペソ賭けて勝ったのに、150ペソしか貰えませんでしたw おまけに、コーチ料とかで50ペソをせびられる始末。。。まぁ、みんな興奮状態だし、ガラの悪そうな人達ばかりだったので、素直に言うことを聞いて50ペソを払っておきました。金払いがよければ、何か揉めた時に助けてもらえるかなと思ったので(笑) あと、誰かのカモになっているフリをしていれば、他の悪い人にちょっかいをかけられる可能性は少なくなるので。
それにしても場内の熱気はすごかったです。
また軍鶏同士の戦いは、大体、数分で決着がついていました。お互いにブレードみたいな武器を足につけているので、決着が早いようです。ところで、写真にある緑の食べ物ってなんでしょうか?知っている方がいたら教えて下さい。

























太平洋戦争前の日本人は何を考えていたのか?

太平洋戦争 、いわゆる大東亜戦争時の日本人は何を考えていたのかということを考えてみたいと思います。当時の日本人は軍部に騙されていたのか。それとも昭和天皇に騙されていたのか。はたまた、何も考えていなかったのだろうか。それらの答えを出すためには、1941年、大東亜戦争が発生する前の80年間の歴史を追っていく必要があります。そこで、主な出来事を年表に並べてみます。
  1. 1868年。明治維新
  2. 1894年。日清戦争
  3. 1905年。日露戦争
  4. 1932年。満州事変と満州国設立
  5. 1937年。支那事変
  6. 1941年。大東亜戦争
それでは、1の時代から順番に追っていきたいと思います。

1、明治維新(1868年)

当時、日本は欧米諸国と二つの条約を結んでいました。
  • 治外法権
  • 関税自主権の放棄
治外法権というのは、外国人が何をしても外国の法律で裁かれるというものです。例えば、イギリス人が日本人女性をレイプしても、日本人はそのイギリス人を裁くことはできません。イギリスの裁判所が、「日本人はサルと変わらないから、レイプしても罪は軽いよ」と言えばその通りになります。そのため、イギリス人は日本でやりたい放題でした。
 関税自主権を放棄すると、どうなるのでしょうか。現代の日本は関税自主権を持っているので、外国のお米に対して大幅な関税をかけています。それによって、日本の農家は守られています。もし関税が無くなれば、日本人は外国のお米を安く買うことができるようになりますが、農家は困って生活ができなくなります。当時の日本は関税自主権が無かったので、外国から安価なものがたくさん入ってきて、多くの生産者は困っていました。
当時の日本人は欧米に対して怒っていました。

2、日清戦争(明治維新から26年後)

治外法権を撤廃して、関税自主権を日本に取り戻すためには国が強くなる必要がありました。そのため、簡単に言えば、朝鮮に対する支配力を強化するために、清国と戦うことになります。当時の戦争とは、清国の軍隊と日本の軍隊が戦うもの、つまり軍隊同士の戦いです。清国の軍隊が日本人を襲ったり、日本の軍隊が清国人を殺すようなことはしません。主に船上で、軍人同士が戦っていました。そして日本は勝ちました。
 日本人は戦争に勝つことによって、台湾を取得して、賠償金を獲得しました。でも治外法権と関税自主権の問題は残っているので、日本人はまだ欧米に対して怒っています。

3、日露戦争(日清戦争から21年後)

朝鮮半島と満州への支配を巡って、今度はロシアと戦うことになります。この戦争でも、軍人同士が戦いました。有名なロシアのバルチック艦隊が日本の近くを通りかかっても、沖縄や九州に攻め込んだりはしません。あくまで、目標は日本の軍隊でした。ここでも日本が勝つことにより、朝鮮と満州への支配力を強めました。
この戦争で勝った結果、治外法権と関税自主権の問題を解決して、日本は世界から一等国として認められました。樺太の半分も獲得しました。でも賠償金は貰えず、国民の生活は苦しかったので、国民は日本国に対して怒っていました。

4、満州事変と満州国設立(日露戦争から27年後)

日露戦争の戦費、関東大震災、世界恐慌の影響などがあり、国民の生活はいつまでたっても、よくなりません。国民はストレスがたまっていました。そんな中、当時の満州では支那人との紛争があったので、支那と戦争して満州を切り取ることにしました。元々、満州はある程度は日本の支配下にあったのでアッサリと成功しました。これに対して、日本人は熱狂して歓迎しました。
この戦争でアッサリと勝った結果、満州という広大な土地を獲得しました。日本人は大喜びです。満州には満州鉄道という日本最大の会社があったのですが、そこでは20万人以上の日本人が働いていました。いかに、大きな会社だったかがわかります。

ここで、いったん明治維新から1932年までの約60年間で日本人が学習したことをまとめてみます。

  • 戦争は軍隊と軍隊が戦うので、国民は関係ない。
  • 日本は戦争をすれば勝つ。
  • 戦争をすれば儲かり、権益が手に入る。
60年といえば、人の一生そのものです。つまり当時の大人は、ほぼ全員が上記の認識を持っており、子供にはそういった話をしていました。日本の軍隊は強くて、常勝で、勝つたびに日本は領地を増やしてきたんだと子供に言って聞かせました。

5、支那事変(満州事変から5年後)

満州を獲得したら、次は支那も獲得したくなってきました。国民は、戦争をすれば勝って、儲かるものと思っています。そのため誰も戦争を止めません。止められません。アメリカとの関係が険悪になってきても、それでも支那との戦争を止めようとはしません。日本は非常に強い軍隊で、常勝だったからです。支那の首都である南京を陥した時は、国内でお祭り騒ぎでした。戦争を止めようという雰囲気になるはずもありません。

6、大東亜戦争(支那事変から4年後)

アメリカと支那での権益がぶつかり、また、世界的な情勢がそれを後押したので、日本はアメリカと戦争することになりました。日本は初戦の連勝で、当時、欧米に支配されていた東南アジアを獲得します。これでまた儲かるということで、みんな大喜びでした。その様子は、出光さんの本に書かれています。当時、政府筋の人が石油権益を狙って非効率な組織を作り軍隊と揉めたとのことです。また、合気道の達人で有名な塩田剛三先生も当時、東南アジアにいたのですが、「みんな浮かれていたから、負けたのは仕方ない」という話を「合気道人生」の中で話されています。
ここで改めて、当時の国民が思っていたことを書きます。
  • 戦争は軍隊と軍隊が戦うので、国民は関係ない。
  • 日本は戦争をすれば勝つ。
  • 戦争をすれば儲かり、権益が手に入る。
しかし、大東亜戦争は今までとは違いました。

  • 国民は戦争に巻き込まれました。
  • 日本は戦争に負けました。
  • 戦争に負けて、全ての権益を失いました。

60年間、続いた現実が幻想であることに気づきました。

✳︎✳︎✳︎
駆け足で明治維新から大東亜戦争までの歴史を追ってみました。多分に私の予測を入れていますし、詳細な歴史を省いています。これを読んだ方は、当時の日本国民はバカだったと思うのでしょうか。私はそうは思いません。多くの人は、数十年間、続いた事実は真実だと感じますし、それは 現代でも変わりません。戦後の日本人は、土地の価格は必ず上がり続けるという神話を信じ続けた結果、バブル崩壊で多くの人が泣きを見ました。今現在で進行していることだと、国はいくら国債を発行しても大丈夫という神話があります。そう考えると、100年たっても人の本質は何も変わっていません。

想像力を働かせて、歴史を見てみよう。